2019年02月11日

ゴルフについて

▼先日2月9日、YEGの広島県連チャリティー交流ゴルフが竹原市の瀬戸内ゴルフリゾートにて開催された。県内の単会から22組86名が参加し、今年度県連会長を務める私は十数年間もゴルフをしていないのに始球式にてTショットをするハメに・・・(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼担当委員長は、そんな私のTショットの惨劇をおおよそ予想したらしく気を遣ってくれて格好だけでもそれらしく見えるようにと見映えのいい帽子と高価なドライバーを貸してくれて臨んだTショット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼私も開き直って素振りも一切せずに大きく振りかぶって思いっきり打つと運よく「ピシャッ!」とフェイスの芯でボールの芯を捉えて見事に真っ直ぐ飛んでいってくれた。多くの面前で恥をかかずに済んだ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼周りから「なんでゴルフやらないの?!」と言われるくらい見事なTショット(自画自賛。でも動画を見たら癖が出てて見れたもんじゃない…苦笑)で、打った私もとても気持ちよかった。ゴルフ場のあの緑の中で味わう久々の爽快感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼私はなぜゴルフをやめたのか。理由はいろいろある。まず、なかなか上達しなかったことが大きい。ゴルフを21歳の時からはじめて十年以上やっていたが結局自己ベストは92。毎回100前後をウロウロしていた(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼他の理由としては、当時私の場合、駆け出しの経営者で気前よく振る舞っていたことももあり、接待ゴルフが主でプレイ費から昼食、ラウンドが終わったあとの夜の食事や綺麗どころまですべてこちらが負担することも多く、消費する時間と費用対効果を考えると疑問を持つようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼創業間もない会社が、建設業界でこれから売り出していこうという時期にゴルフは不可欠だと言われていたし、ビジネスでは人脈や人間関係を作るのにゴルフは最適なスポーツだと言い聞かされてきた。また当時の私はトップセールスとしてゴルフしか接待する方法を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼確かに建設業界のコンペや得意先、銀行のコンペなど定期的に開催されていたし、得意先の担当者もゴルフを好む方が多かった。社交辞令の決まり文句は「今度一緒に回りませんか?」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼しかし、ゴルフだけの付き合いでそれ以上親密になれない人もいたし、ゴルフはあくまで「仕事」だと自分に言い聞かせて、平日でも会社を空けてプレイすることに若干の後ろめたさを感じるようになった。また我が社の懐も厳しくなったこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼そしてゴルフをやめる一番の決め手となったのは当時私が「今年中に90を切る」と周りに豪語して大勢と「握って」大きな損害を被ったこと。これほど悔しくて恥ずかしいものはない(苦笑)。結局私にはゴルフが向いていなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ゴルフを止めるときは売上が相当下がるかもと覚悟していたが結局下がるどころか逆に上がったし、ゴルフのラウンドや打ちっ放しに行く時間を他のことに使えるようになった。ゴルフショップへ買い物に行く必要もなくなった。(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼でも先日の始球式でやっぱりゴルフって楽しいと思った(笑)。気持ちいいし、仕事や「付き合い」でなければメンバーとの語らいも楽しい。でも今の私はクラブを木刀と日本刀に持ち変えて居合道に専念したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓この度開催された「広島県連チャリティー交流ゴルフ」

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↓初めて来たゴルフ場だったが景色が最高だった。天気が良ければもっと良かったと思う。

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↓プレイはしないが一応開会の挨拶。

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↓始球式でのTショットの瞬間。奥が私で手前は信国次期県連会長。

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2019年02月06日

健康管理について

▼先月1月14日月曜日(祝日)の夜、体温が38度を超えてなかなか寝付かれないまま、翌日の火曜日には始発で福山から東京へ上がって何とか予定をこなしたが、どうしても喉が痛くて夕方、人形町の耳鼻科へ行って診てもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼喉がひどく炎症を起こしているらしく、熱はそこからきているとのこと。口内炎も併発しており口と喉が痛くて仕方なく、先生もさすがに私の口の中を見て「おー、これは相当痛いだろう」と一言(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼一応、薬をもらって帰ったものの、すべて「食後」になっているため、何か食べたあとに薬を飲まねばと思い、朝から何も食べていないこともあり病院の帰りに事務所の近所の蕎麦屋に寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼食べやすく飲み込みやすく冷たくて美味しいざる蕎麦を注文したが、口と喉が痛くて噛み切れず飲み込めずに初めて蕎麦を半分以上残した(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼結局、薬を飲んでも熱が下がらず、予定していた新年互礼会も急遽欠席させて頂いて帰宅した。東京ではいつもマンションから会社まで歩いて通っているが、この時はフラフラしながら歩いて帰り、マンションがいつもの十倍くらい遠く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼とにかく何か栄養あるものを体の中に入れなければと思い、帰り道にあるドラッグストアによって店員さんに自分の症状と思いの丈を訴え(笑)、勧められるものは全部買って帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼こんな調子で三日目も熱が下がらず、また同じ病院へ行って改めて診てもらったあと何とか予定をこなし帰宅。まだ口と喉が痛くて食べれないのでゼリーと栄養ドリンクのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼四日目も朝から病院へ行き、夕方からどうしても外せない賀詞交歓会があったので、そちらには何とか参加したが、宴会場で初めて料理を食べずにノンアルコールでしのいだ(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼毎回夜になると熱が上がるので睡眠不足が続いており五日目には体力もかなり落ちて根性だけではとても無理だと判断(苦笑)。しかも翌日の午後からは本社で「カッコいい会議」があるしそのあとの「カッコいい研修会」では私が講師を務めなければならなかったので万膳を尽くすために帰福した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼六日目は午後から本社で「カッコいい会議」と「カッコいい研修会」を終えてまっすぐ帰宅。早く就寝するもののまた熱が上がり寝付かれず翌朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼七日目は午後から宮崎県日向市へ向かい20時に現地へ到着。協力会社の仲間と合流して久々にアルコールを飲んだが、体調がパーフェクトではないし味覚もまだ正常ではないので、ヘンな酔い方をして気分が悪くなった(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼八日目は朝から日向市内の現場へ行ったが、やはり体調すぐれず午後から帰福。こんな感じで十五日目まで何ととかしのいだ。今はおかげさまで回復している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼この度は健康であることの大切さを心底痛感した。一昨年、初めてインフルエンザに罹ってその時もしんどかったが、この度はその時よりもしんどかった。正直言って、初めて自らの年を感じた(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼それ以来、食べ物やアルコールの種類や量、睡眠の時間や深さなどを気にするようになった。体温計も携帯するようになった(苦笑)。会社でも健康管理を充実させ健康経営に邁進したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓先日2月2日に開催された『ジュニエコサミットinしまだ』。まずはNPO法人ジュニアエコノミーカレッジの吉川理事長の挨拶から。

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↓会場の壁は協賛企業の幟で埋め尽くされている。

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↓記念式典のあとは懇親会。

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↓ジュニエコサミット次期開催予定地の福山YEGのPRタイム

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↓このあと私だけはこの静岡県島田市を離れて東京へ移動した。

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2019年01月10日

カルチャーについて

▼会社には理念や方針、戦略、目標などがある。これらは組織改編や環境変化などにより変更することが可能だが、カルチャーや社風は簡単に変更できるものではない。











▼カルチャーや社風は意図的に「作る」ものではなく「出来る」ものだと思う。理想とするカルチャーを作ろうと思えばある程度の時間、月日がかかる。理念や方針などのように「言葉」でサッと作れるようなものではなく、カルチャーは雰囲気や空気のように目に見えるものではないからだ。











▼でも目に見えないけれど、会社にとっては一番大切なもの。会社のカルチャーって目には見えないが、頭と体で強く感じるし、外部にもよく伝わるもの。だから不思議。決して可視化できるものではなく、感じるもの。












▼何を見て会社のカルチャーを感じるのか。多分、その会社の社名やロゴマーク、ホームページや事務所の立地とか環境、看板、内装のデザイン、社員の態度、表情、声、現場の様子、サービスの質、または取引先からの評判や噂、世間体、会社としての社会貢献活動などだろう。











▼しかし会社のカルチャーに一番大きな影響を与えているのはやはり経営者だ。経営者が変わればカルチャーも変わっていく。全く変わらない老舗や大手もあるが、それはそれで、その会社のカルチャーを守っているのだと思う。











▼会社が成長するにつれて、忘れてはならないものがあるし、変えなくてはならないものもある。何を守り何を捨てるか。それは事業計画や成長戦略にはっきりと明記できるものではない。だから伝えるのも難しい。











▼人材会社の統計によると社員の離職理由の中で、待遇や給与・評価よりも人間関係や社風がダントツで多い。これは明らかにその会社のカルチャーによるもの。会社にとってカルチャーが大切なのがよく分かる。











▼人材に限らず、顧客や仕入先も取引する相手企業のカルチャーをよく見ている。同じ価格、同じ品質、同じサービスならば、その会社や店のイメージや雰囲気で選ぶだろう。誹謗中傷を恐れずに言えば少なくとも私はそれで取引先の優先順位をつけてしまう(苦笑)。











▼カルチャーはその組織、その会社のブランディングやマーケティングを気づかないうちに間違いなく左右している。昨日今日に習った知識やノウハウでも、そう簡単に変えれるものではないし、すぐに作れるものでもない。










▼安易に短絡的に近道せず、社員全員でしっかりと一日一日、一歩一歩、一期一会を大切にする一年にしたい。










↓毎年参る熱田神宮。
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↓私の中では最強のパワースポット
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↓織田信長は桶狭間の戦の直前にこちらに戦勝祈願に来たあと今川義元を破ったという。
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↓露店も並んでいる。中学生の時に地元の草戸稲荷で正月に露店でバイトしていたのを思い出す(笑)
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↓昨年の御報告と御礼に
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2018年12月09日

ライバルについて

▼先日、ライバルの存在って本当に大事だなあと感じた。ライバルがいるからこそ負けられないと思うし力や勇気も湧いてくる。またそれだけではなくて、ライバルを見ていて勉強になることや参考になること、見習うべきところもたくさんある。競合分析がとても重要なのがよく分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼また国家が国民の士気や愛国心を高揚させて技術や生産性、経済を成長させるために、あからさまに仮想敵国を設定するのもよく分かる気がする。かつて日本もしきりに「鬼畜米英」と国民を煽っていた時代があったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼うちがお世話になっている顧客の周りにも競合他社はたくさんいる。その中には有名な会社もあれば聞いたこともないような会社もある。聞いたこともない会社であってもよくよく調べてみると、社員数何百人とか売上何百億円という規模の会社ばかりで、うちは規模においては到底相手の足元にも及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼規模だけではなくて業歴も古く、経営者が2代目、3代目という会社も多く地元での知名度も高くて信頼も厚いことが想像できる。この点においても私が21歳の時に創業してまだ28年目という浅さでは業歴にも劣る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼人数や出先が多ければ多いほどカバーできるエリアが広くなるし、対応のスピード、レスポンスも早くなる。当然、頭数が多い分だけ蓄積している経験や知恵、知識も豊富だし、業歴が長い分だけ実績も多く得意先やサポーターも多いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼そういった意味では当社とライバルを比較すればするほど当社が見劣りする(苦笑)。どのライバルも素晴らしい会社ばかりで、調べれば調べるほど顧客がそのライバルを選ぶ理由もよく分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼確かに当社は規模や業歴ではライバルに劣るが、でもここで私達は最強のチームワークを発揮して小さいチームで大きい仕事に積極果敢に取り組み、「社員一人当たり経常利益額」でライバルを打ち負かしたい。ちなみに建設業で社員1人当たり経常利益額の全国平均1,374千円に対して、うちは3,040千円である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼決してライバルを模倣するのではなくしっかり注視しながら、、私達が理想とする「らしさ」を追求し「成長に会社の規模や場所は関係ない」ことを実証して、田舎零細企業の成功事例となる。そんな会社がカッコいいと思う。それは虎に対峙する狼のようなイメージだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ライバルが大きければ大きいほど、私達は成長できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓久しぶりの姫路。

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↓駅からは遠くに姫路城が望める。

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↓駅周辺の一変している。

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↓まだ整備半ば

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2018年12月02日

日本国について

▼この度、日頃からお世話になっているお方から頂戴した本「日本国紀(百田尚樹著・幻冬舎)」を拝読して改めて我が国「日本国」について考えさせられた。自分自身が生まれ育った国について、あまりにも知らないことが多過ぎたことを痛感し自省の念に駆られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼この本は古代の縄文時代から平安時代、戦国時代、江戸時代、明治、昭和を経て現代に至るまで日本の歴史について書かれており、これまで学校で習っていないことや直近に判明した史実、最新の情報、著者の独自の仮説と見解などとても興味深く、一冊で日本をまるごと理解できるような内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼約500ページ超に及ぶボリュームある本だけに読み応えあるので、是非うちのみんなには読んで欲しいし、日本国や日本人について深く考えるいい機会だと思う。世界も国家も時代も常に変化しているので、これが「絶対」というものはないし「正解」というものはないと思うが、決して忘れてはならないものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼この国の成り立ちやこれまでの道のり、歴史、事実を知ることは、自分の地元や家族のことについて知ることと同じであり、知れば知るほど関心も高まり、愛情も深まり、今後この国の中で自分自身がどうあるべきか、どう生きるべきかを学べる。以下は記憶に留めておきたいと思った内容の一部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P17「『漢書』をはじめとする古代中国の歴史書には日本は「倭」と書かれている。「倭」という文字には「小さい」「従順な」という意味があるが決して良い意味を表す文字ではない。中国では昔から周辺国の国名や人物には賤しい意味を持つ文字を当てる。国名では「匈奴」「鮮卑」「奴国」などだ。邪馬台国にも「邪」という賤字が使われ、卑弥呼にも「卑」という賤字が付けれている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P127「銀閣については(中略)京都府教育委員会が行なった調査で銀箔説はほぼ否定され二階の壁が内外とも黒漆で塗られていたことが判明している。そもそも金閣・銀閣という名前自体が江戸時代に付けられた通称で、もともと二つは対照させられる建物ではなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P149「戦国時代の後半に日本にやってきた宣教師たちは一様に日本人と日本の文化の優秀さに感嘆している。(中略)彼らが本国のイエズス会に書き送った中から日本人に言及したところをいくつか紹介しよう。『この国の人々はこれまで私達が発見した国民の中で最高に人々であり日本人より優れた人々は異教徒の中では見つけられないでしょう』『驚くほど名誉心の強い人々で、他の何よりも名誉を重んじます。彼らは恥辱や嘲笑を黙って忍んでいることをしません』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P186「就学率は地方によって違うが江戸では70〜80%だったといわれる。江戸時代の庶民が世界一高い識字率を誇り世界でも類を見ないほど高い教養を持ったのも自明である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P220「私は忠敬が作った地図を前にすると唖然とする。当時の平均寿命を超えている年齢から暦学を学び55歳から71歳まで日本全国を歩いて測量するなど想像もつなかない。忠敬の残した緯度の誤差は約千分の一である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P232「何がベストであるか分からなかった阿部正弘(備後国福山藩主)は全国の諸大名に対して忌憚なき意見を出すようにと命じた。やがて大名に止まらず旗本や御家人、さらには町人にまでアイデアを求めていく。(中略)庶民が政道そのものに意見できるという状況は日本史上なかっただけではなく当時の世界を見渡しても例がないことであった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P257「日輪のマークは天下統一の象徴であり源平合戦の折にも平氏は『赤字金丸』、源氏は『白地赤丸』を使用した。(中略)江戸時代には『白地赤丸』は意匠の一つとして普及し様々な場所で用いられ幕府は公用旗として使っていた。(中略)つまり『日の丸』は正式に国旗として決められる前に7百年も前から日本という国を象徴する旗として使われていたのだ。現代の一部の人々が『軍国主義の象徴である』という理由で『日の丸』を嫌悪するが根拠不明ないいがかりである。伝統も歴史も知らぬ馬鹿者としかいいようがない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼P280「(中略)幕末から明治にかけて日本を訪れた欧米人の書き残したものにはこんな(日本人に対する感銘を受けた)話が山のように出てくる。(中略)幕末の動乱の中で、多くの武士が日本の未来をかけた戦っていたその時も、庶民は日本の美徳を失うことなく毎日を懸命に生きていたのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼以上、500ページを超える本だけに書き留めておきたいところを書き出すときりがない(苦笑)。このあたりでやめておくが、著者は本書の中でこのあとの明治大正に続く昭和時代ほど書くのが辛い章はないと述べている。確かに読み進めるに従って辛いものがあったし涙腺がゆるんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼私も深く同意する本書の巻末にある著者の言葉で締めくくりたい。
「私が何よりも深い感謝を捧げたいと思うのは我が祖国『日本』と、この国に生き、現代の私達にまで生を繋いでくれた遠い父祖たちです。飛鳥時代、いやそれよりはるか昔から、この島に生まれた人々が日本の風土に育まれ、苦労を乗り越え、永らえてきたからこそ、今の私たちがあるのです。そして私もまた未来の日本と日本人へと生を繋げ、国を繋げる環の一つであること、その使命の重さを感じています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓先月、西条にて開催された広島県連平成27年度会長同期会。このメンバーで集まるのはいつも楽しい。今年、長い歴史に終止符を打たれる地元で有名な旅館藤乃家にて。

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↓早く会場に着き過ぎたので当家の檜風呂へ

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↓二次会の店へ移動中に偶然発見した建物

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↓よく見ると、こんな看板が掛けられている。

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↓とても不思議な思いで拝見したが何とかならないものかと思った。折角の綺麗な町並みがもったいない。 

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↓二次会の店に到着。私は「ルパン契ぁ廚鯒唱中(笑)。

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