2018年06月26日

経営について

▼社長と経営者は全く別物だというのが以前からの私の考えだ。社長は会社を作ればいつでもいくらでも社長になれるし、社長の家に生まれれば能力無くても社長になれる。ましてや現代では資本金ゼロで株式会社はいくらでも作れる。だから会社を簡単に作って簡単に潰す社長が多いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その反対に経営者とは経営を知る者、学ぶ者のことだと思う。決して社長ではなくても経営を学び実践出来る者が経営者なのだ。だから同じ会社に社長は一人しかいないが、経営者はたくさんいてもいいし、多いほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼「経営」という意味を国語辞典で調べるとこう書いてある。

 

けい‐えい【経営】[名](スル)
1 事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定を行って実行に移し、事業を管理・遂行すること。また、そのための組織体。「会社を経営する」
2 政治や公的な行事などについて、その運営を計画し実行すること。「国家の経営」
3 測量して、建物をつくること。
4 物事の準備や人の接待などにつとめはげむこと。けいめい。
5 急ぎあわてること。けいめい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼社長やトップが経営するとはどこにも書いていない。経営できる者が経営者であり社長が決して経営者とは限らない。経営を知らない社長はたくさんいる。かつて私もそうだった。経営どころか世間や常識を知らない本当のうつけ社長だった(今でもまだそうかもしれない・・・)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼「経済(経世済民)」と同じで「経営」という言葉ももともとは仏教語だ。「お経を営む」と書いて「経営」と読むわけだが本来の意味はもっと深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼‘経’とは「筋道(道理)を通すこと」であり、‘営’は、それを「行動に現す」こと。寺の修行ではこれらのことを「布」に例えて、経は織物でいえば縦糸のことで、縦に筋がしっかり通っている様子(正しい筋道、正しい道理)を示し、営は横糸で、自由奔放に動く様子のことらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼縦糸は、時が経っても「変わらないもの」「変えてはいけないもの」とされ、創業の精神や理念、または伝統や価値観などを指しており、横糸は、時代に合わせて「変えていくもの」「変えなければいけないもの」で、テーマを変えながら様々な分野にチャレンジしていくものという捉え方が一般的で、組織運営の基本を言い表しているとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その経営の結果(成果)として得るのが利益(りえき)である。経営目標に利益がない会社はありえないし会社にとって利益は重要な指標。利益なくして会社の存続はありえないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ちなみにこの「利益(りえき)」という言葉も実は仏教語で「ごりやく」とは「御利益」と書く。この場合の「りやく」とは、仏さまや神さまにお参りし、その結果として病気が治る、商売が繁昌する(りえきをもたらす)、与えられる恵みなどなど、善行の結果として得られるものという意味合いがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼つまり経営者とは善行(経営)を行い利益を得られる者ということ。会社に経営者がたくさんいればいるほど利益が多いわけだ。都会の会社や大手企業には社長は一人しかいないが経営者はたくさんいる。だから売上も利益も大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼うちが5月から私のことを「社長」と呼ぶのを禁止して「さん付け」で呼ぶようにした理由はここにある。社員全員が経営者の強小企業を目指したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓先週お招き頂き参加させて頂いた山口県光市で開催された山口県商工会議所青年部連合会会員大会光大会での1コマ。中国5県それぞれの県連会長が集まって「中国ファイブ」で記念撮影。中央がこの度お世話になった真利山口県連会長。

IMG_1300.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓開催地の光YEGにて「ぴかりYEG」を結成するという「ハゲファイブ」(笑)。本当に楽しい大懇親会だった。広島県連も負けられない。

IMG_1291_1.jpg 



 
トラックバックURL : ボットからトラックバックURLを保護しています