一)今日は8年前に肺がんで亡くなった父の命日。月日が経つのは本当に早いもので、もう8年になるのかと思う。普段は仕事に追われて、ゆっくり昔を振り返ることも少ないが、こういう日には自ずと父のことを思い出す。ふとした瞬間に父の声や笑顔が浮かんでくる。
二)毎朝、通勤途中にお参りしている会社の氏神様(塩崎神社)では、両親や先祖に感謝の気持ちを馳せて手を合わせている。母はまだ実家で元気にしているので、亡くなった父の分も合わせて親孝行できたらいいなと思っているがなかなか・・・(苦笑)。
三)父は生前、長距離トラックの運転手をしていて、決して華やかな仕事ではなかったが、自分の仕事に誇りを持ち、一生懸命働いていた。昔だからまだ道路が今ほど整備されていなかったので、家に帰って来れるのは一週間に一日ほどだった。それでも仕事の愚痴を聞いたことはないし、仕事を大切にする人だった。
四)そして、何より優しい父だった。家族を愛し、仕事を愛し、仲間を愛した人だった。口下手だったが人の悪口を言ったり、誰かを見下したりするような人ではなかったし、周りの人からも慕われていて、そんな父の姿を子供ながらに誇らしく思いつつも、家にいることが少なかった父に対して寂しさもあった気がする。
五)父は、孫に対しても本当に優しかった。私が子供の時とはまた違った感情があったのかもしれないが、私たちが子供の頃に父親らしいことが出来ていなかったことを、孫にしてあげているように見えた。家族が集まることを喜び、みんなが元気でいることが何よりも嬉しい様子だった。
六)晩年の父は、愛犬モモ(柴犬)の散歩を楽しみにしていた。特別なことをするわけでもなく、モモと一緒に歩く時間が好きだったんだと思う。仕事一筋だった父が、のんびり、ゆっくりしている姿は、今でも印象に残っている。心のゆとりや豊かさとは、そういう何でもない日常の中にあるものなのかもしれない。
七)しかし、その散歩中に父は倒れて救急車で運ばれた。でも幸いにも、家から近かったことや、近所の方が発見してくれたのが早かったので、命に別状はなかったが、この頃から入退院を繰り返すようになった。この時にも、当時私と同じロータリークラブだった福山市民病院の高倉院長先生には大変お世話になった。
八)2018年10月8日未明に父が亡くなって、当時は祝日だったので、会社にもそのことを伏せて、親族だけで当日に通夜、翌日には葬儀を済ませた。通夜では一晩中、父の亡骸のそばで、叔父や叔母と酒を呑みながら父の思い出を語り合って、その時に初めて聞く話もあった(笑)。
九)当たり前だが、どこの誰でも皆、今の自分があるのは両親のおかげ。父が一生懸命働き、母も働きながら家庭を支え、何不自由なくとは言わないまでも、生かし育ててくれた。若い頃はそんなことも考えずに迷惑ばかりかけたが、自分が親になり、祖父になった今、両親の有難さが分かるようになった。
十)私は21歳で会社を創業し、これまで35年間、仕事中心の人生を歩んできたが、仕事に対する姿勢や人との付き合い方など、知らず知らずのうちに父から学んだことが多いように思う。仕事を大切にすること、仲間を大切にすること、家族を大切にすることなど、父は言葉ではなく、後ろ姿で教えてくれた気がする。
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